東京地方裁判所 昭和43年(ワ)3888号 判決 1970年11月10日
原告 岡村久衛
右訴訟代理人弁護士 豊秀夫
被告 豊成商事株式会社
右代表者代表取締役 筋野豊吉
右訴訟代理人弁護士 松田孝
被告 江ノ島鎌倉観光株式会社
右代表者代表取締役 北村孟徳
右訴訟代理人弁護士 扇正宏
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者双方の求める裁判
(原告)「被告らは各自原告に対し金六九三、六〇〇円づつ並びに各これに対する被告豊成商事株式会社につき昭和四三年四月二三日から、被告江ノ島鎌倉観光株式会社につき同年同月二一日から各完済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言。
(被告ら)主文第一、二項同旨の判決。
第二、当事者双方の主張
一、原告の請求原因
(一)、原告は、宅地建物取引業法に基づく不動産取引業者である。
(二)、原告は、昭和四〇年五月頃被告豊成商事株式会社(以下被告豊成商事と略称する。)から、その所有の別紙物件目録記載の各土地(以下本件土地と略称する。)につき売却方仲介の委託を受けた。
そこで原告は直ちに近傍の同業者にも仲介を依頼して本件土地の買手を探し求めていたところ、昭和四一年一月頃被告江ノ島鎌倉観光株式会社(以下被告江ノ島観光と略称する。)が本件土地買受けの意思を有することを探し当てたので、同年三月から四月にかけて数回右被告江ノ島観光との間に売買価格等に関する具体的な折衝を行なった。右の過程で被告江ノ島観光はその買受価格を三、三平方メートル(坪)当り二五、〇〇〇円ないし二七、〇〇〇円にとどめたい旨希望し、一方被告豊成商事は三、三平方メートル(坪)当り四〇、〇〇〇円以上の価格でなければ売却しない旨表明していたので、原告はその間に入ってなおも被告双方の価格を歩み寄らせるよう努力するなど本件土地売買を成立させるに足る相当の尽力をした。
(三)、しかるに、被告両名は昭和四一年一一月頃原告の仲介を排除して、直接被告豊成商事から被告江ノ島観光へ三、三平方メートル(坪)当り三二、〇〇〇円、合計二一、〇五六、〇〇〇円の価格で本件土地を売却し、同月三〇日その旨の所有権移転登記手続を経た。
このような被告両名の行為は、原告の報酬債権発生の為の停止条件、すなわち原告の仲介による売買の成立という条件の成就を故意に妨害したというべきであるので原告は本訴状において被告両名に対し右条件成就とみなす旨の意思表示をした。
(四)、不動産取引業においては、物件の取引額を基礎とする所定の報酬金を委託者のみならず取引の受益者たる相手方に対しても請求しうること、右所定の金額は神奈川県内における取引に関しては宅地建物取引業法第一七条、社団法人神奈川県宅地建物取引業協会の「不動産取引仲介手数料表」による報酬基準額をもって報酬額とするとの商慣習がある。
右手数料表によると取引額四〇〇万円を超える場合、不動産取引業者は売主および買主より、取引額から四〇〇万円を控除した残額の一〇〇分の三にあたる金額に一八万円を加えた金額を報酬金として受領できる。これによれば原告が被告各自から本件取引によって得べき報酬金額はそれぞれ六九三、六〇〇円となる。
(五)、よって原告は被告両名に対し、各自金六九三、六〇〇円づつ並びにこれに対する訴状送達により弁済期の到来した後である被告豊成商事につき昭和四三年四月二三日被告江ノ島観光につき同年四月二一日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ。
二、請求原因に対する被告らの答弁
(被告江ノ島観光)
(一)、請求原因(一)の事実中、原告が不動産取引仲介をなしていた事実を認め、その余の事実は不知。
(二)、同(二)の事実中、原告が被告豊成商事から本件土地の売却方仲介の委託を受けたとの点は不知。その余の事実は否認する。
(三)、同(三)の事実中、被告江ノ島観光が被告豊成商事より本件土地を買受けた事実を認め、その余の事実は否認する。
すなわち、本件土地の売買は被告豊成商事と被告江ノ島観光との間で直接行なわれたものではなく、不動産取引業者福田秀雄、根本宗芳、鶴見達旺らの仲介により成立したものである。
右三業者中被告江ノ島観光の本件土地買受けに直接尽力したのは右鶴見であったので、被告江ノ島観光は同人に対し本件土地売買の仲介報酬金として、昭和四一年一〇月三日金一二六、三三六円、同年一〇月三一日金一八九、五〇四円、同年一二月一日金三一五、八四〇円合計金六三一、六八〇円を支払った。従って被告江ノ島観光は原告の仲介を不当に排除して被告豊成商事との間で直接取引したものではない。
(四)、同(四)は争う。
(五)、同(五)は争う。
(被告豊成商事)
(一)、請求原因(一)の事実は不知。
(二)、同(二)の事実中、原告と被告江ノ島観光との間の折衝経過は不知、その余の事実は否認する。
(三)、同(三)の事実中、被告豊成商事から被告江ノ島観光への本件土地所有権移転の事実を認め、その余の事実は否認する。
被告豊成商事は昭和三八年頃本件土地売却の仲介を不動産取引業者福田秀雄に委任し、右福田及びその系列下にある不動産取引業者の仲介により、被告江ノ島観光に対する本件土地の売買が成立したので、被告豊成商事は右福田に対し、本件土地売買仲介報酬金として、昭和四一年一〇月一八日金五〇〇、〇〇〇円、同年一一月五日金五五六、〇〇〇円、同年一二月一三日金一〇〇、〇〇〇円合計金一、一五六、〇〇〇円を支払った次第であるから、原告の仲介を不当に排除して被告江ノ島観光との間で直接取引したものではない。
(四)、同(四)は争う。
(五)、同(五)は争う。
第三、証拠関係≪省略≫
理由
一、≪証拠省略≫によれば、原告は宅地建物取引の仲介を業としていたが、昭和四〇年五月頃都内新宿所在の喫茶店京都で被告豊成商事の専務取締役柳沢良雄から同社所有の本件土地の売却につき仲介をするようにとの委任を受けたこと、その際原告において約旨に従い仲介を終えれば、不動産取引において仲介業者に通常支払われるべき額の報酬を支払うとの黙示の了解があったことが認められ、≪証拠省略≫によっても右認定を左右できない。
二、ところで、右委任に基づき原告主張の報酬債権が効力を生ずるためには、受任者たる原告において右委任契約の本旨に従い仲介という事務を処理し所期の売買契約が成立すべきところ、委任者である被告豊成商事らの違法な妨害により売買契約の成立に至らなかったことを必要とする。換言すれば、右違法妨害がなければ原告の仲介により売買契約が成立したであろうといえるような事情が存在しなければならない。とくに委任者が数人に各別に売却の仲介を委任する場合にはこのことは顕著であって、多数競合する受任者の中で、成立した売買契約につきその成立をもたらすに足りる仲介をした者のみが報酬債権を取得するものと解すべきは競争を旨とする営業の性質上当然である。
そしてこのような競争の結果ある受任者の仲介により売買契約が成立したため、他の受任者が売買の仲介をする機会を失い、報酬を取得できなくなったからとて、委任者の右売買契約締結が当然に他の受任者に対して違法な妨害となるものではない。
本件についてこれをみる。被告豊成商事が昭和四一年一一月被告江ノ島観光に本件土地三、三平方メートル(坪)当り単価三二、〇〇〇円総売買価格二一、〇五六、〇〇〇円で売却したことは当事者間に争いがない。
そこで右契約が成立するに至ったいきさつを検討する。
≪証拠省略≫によれば、原告は右受任に基づき、昭和四一年春頃被告江ノ島観光の不動産部課長五十嵐に本件土地を斡旋し、直ちに原告と右五十嵐他一・二名の被告江ノ島観光の従業員が本件土地の調査に行き、その際右五十嵐から原告に対し、本件土地の売買価格等につき質問をしたこと、原告が五十嵐との間で右売買の交渉をその後さらに進めることをしないうちに同年一一月本件売買契約の成立をみたことが認められる。
≪証拠省略≫によれば、被告豊成商事は昭和三八年頃から不動産仲介業者福田秀雄、前記柳沢良雄の実弟柳沢正市らにも各別に本件土地売却の仲介を委任してきたが、このうち福田は同業者根本に本件仲介を委任し、更に右根本は同業者来住にこれを委任したこと、一方被告江ノ島観光は不動産取引業者鶴見達旺を無給嘱託として分譲用地の確保につとめており、昭和三九年頃には本件土地が売り出されていること等の情報を来住から鶴見を介して得ていたこと、しかし被告江ノ島観光は、本件土地の売値が高すぎ、その排水設備は良くないうえ地形が悪いので買受けには消極的であったが、その後福田、根本、来住、鶴見の尽力により排水設備も施され、地形の悪さもその部分を他に売却するなどして改善され、価格も双方が徐々に歩み寄るなど、被告江ノ島観光にとって買い易い状況が造り出されたこと、本件土地売買契約が成立するに至ったのは同人らのこのような努力によるものであること、更に被告豊成商事から福田に対して三回に分けて合計金一、一五六、〇〇〇円、被告江ノ島観光から鶴見に対して三回に分けて合計金六三一、六八〇円の右売買契約仲介報酬金がそれぞれ支払われたこと、原告はこれらの仲介に何ら関与していないことが認められる。
これらの事実を総合すれば、たとえ福田らの仲介がなくても原告の仲介により売買契約が成立したであろうとはいえない。むしろ売買の当事者である被告両名だけの努力ではなく福田、根本、来住、鶴見ら不動産仲介業者の仲介により本件土地売買契約が成立したものということができる。
以上説明のとおり、原告の前示仲介は売買契約を成立させるに足りるものとはいえず、しかも所詮原告は不動産仲介業者間の仲介競争の敗者にすぎないから、被告らがその勝者である福田らの仲介によって本件売買契約を締結したことは、右の事情のもとではそれ自体原告に対し違法妨害とは何らいえない措置である。
三、よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 沖野威)
<以下省略>